野心あふれる独身時代、私の夢のひとつに
「ホテルに暮らす」
というものがあった。

幼い頃、母がよく
「誰それはずっとリッツカールトンで暮らしていた」
というような話をしていたので、私は母のそのあこがれを引き継いだかたちになる。

しかし現実として考えたとき
「今住んでいる部屋を引き払い、家具を処分し、ホテルに移住し、高額な料金を払い続けながら住む……けど、途中で継続不可になったらまたどこかに住居を確保しなきゃならない」
というこの無茶なプランを実行できる人がどれほどいるだろうか。
しかも食事も全て外食もしくはルームサービスになるわけで、健康面からみても結構きついものがある。

代替案として若い頃よくやっていたのは、レディースプランを利用して4泊くらい泊まる、という遊びだった。母を大阪から呼び寄せて、横浜にあるパンパシフィックのスイートで優雅なひとときを過ごす。パンパシフィックのコーナースイート(もしくはトリプルルーム)は浴室にも大きな窓があって、キラキラ輝く観覧車を堪能できるのでお気に入りのホテルのひとつだった。
ちなみに2年ほど前の誕生日、久し振りにこの部屋に家族で泊まりに行ったのだが、息子が「素敵、素敵」と興奮しており、年齢性別問わずウケる部屋なんだなと改めて思った。

今でも私のホテル好きは健在である。
新しい家に引っ越すときに心に決めていたのは
「ホテルみたいな家にする」
ということであった。
小物ひとつ買うときも
「これが”パークハイアット東京”に置いてあったらどう感じるだろうか?」
という基準で考え、決めていった。

結果、リビングルームと寝室は超モダン・シンプルなテイストに落ち着き、居心地が良いことこのうえない。私の病状改善にも大いに役に立った。
しかし思ってもいない問題が発生した。中学一年という、家から離れて友達と大いに遊びたいはずの年齢である息子が、学校が終わるとピューっと家に帰ってくる。休日も、寝室にこもっている。

「ねえ、あなた、どこにも出かけなくて良いの?」
と訊いたことがあるのだが、帰ってきた答えは
「だっておうちの居心地が良いんだもん」
というものだった。

夫も言う
「大抵は家の居心地が悪くて、家や親から離れていくものだと思うけれども、うちは親もうるさいこといわないし、居心地がいいからね……」

しかしここ数週間、偉大なテクノロジーによって、息子は家にいながらにして友達と問題なく遊んでいるようだ。Nintendo Switchのフォートナイト、PC版マインクラフトなど、ネットを介して友達と遊び、同時に通話機能やLINEを使っておしゃべりまでしている。息子ひとりしかいないはずの部屋から、複数人の声が聞こえてくるのである。しかもめちゃめちゃ盛り上がってる。

出不精系リア充、という時代がやってきたのだ。

そんな息子がお菓子を食べて、袋をそのまま机の上に置いて寝てしまう。
それを片付けるのは私だ。脱ぎちらかした服も私が集めて洗濯カゴに入れる。
毎日床に這いつくばって、すみからすみまで拭くのも私である。

そう、ホテルのような部屋を作っても、自分が努力しない限り、その雰囲気を維持するのは難しいのである。あっという間に「普通の散らかった家」になってしまう。

だから今日も誰かが丸めたティッシュを拾ってゴミ箱に捨てる作業に性を出す。
それでも私は満足している。これが私の ”夢のホテル暮らし” なのだ。