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私は、自分の大体の人格を把握しているつもりですが、「6歳ちゃん」だけは、神出鬼没で全く意思疎通することが出来ません。(漫画で、夫に対して「このパパは殴らないの?」と訊いていた人格)

彼女が「私」のコントロール権を持ったときは、他の人格はシャットアウトされ、記憶も残りません。
というわけで、彼女に関する話は、夫から聞くより他は無いのです。

しかし、夫から聞く「6歳ちゃん」は、本当に子供じみていて、本当に私が6歳だった頃の様子 (大人びた子供) とは全く別人のようなのです。

そのことについて、主治医に問うてみたところ

「乖離して出来上がった人格というのは、ある一部分が誇張されていたり、"本当はこういう私でいたい"という願望であったりします。だから子供時代の貴女そのものではないことは普通なのよ。
あと、全く記憶に残らない、というのは、"扱いきれない" ことに対する防御反応のことが多いわね」

とのことでした。
「6歳ちゃん」は、私にとって扱いきれない存在なのか......。

でも、いつか「6歳ちゃん」とも記憶を共有できたらいいな、と思います。

余談。
このような幼い人格が残っている場合、人格全体でみた場合の平均年齢が下がるそうです。実際私は年齢の割に若いです(良い意味でも悪い意味でも)。

また、これを抜きにしても、人格が分割されているために個々の人格の成熟が遅く、私は年齢の割に若......(後略)

(人格が統合されている健康な人の場合、全人格で人生経験を同時に積んで成長していきますよね。
私は、バラバラだから、"ある人格が体験していても、他の人格は体験していない"...という事態がおこり、体験していない人格は置いてけぼりを食うわけです)

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私はDID(解離性同一性障害) つまり病気としての多重人格者であり、怒りの感情と悲しみの感情はそれぞれ独立した(そして切り離された)人格が受け持っているため、[主人格] が手綱を握っているときには、ふつうの人よりも感情の揺れのようなものが少ないです。

ですので、息子に対して声を荒げることも、全くないです。(夫は私の交代人格も見ているので、違う意見かもしれませんが)

ただ、人格の交代に伴って、ときには全く違う人になってしまうので、顔や雰囲気、言っていることに一貫性がなく、その点では息子が困惑する場面も多いかもしれません。

これって、前に書いた「親が気分屋」なのと似ていますね...。いや、もっと悪いか。

そのような自分の欠点をふまえて

「親の顔を伺っていないか」
「爪は噛んでいないか」
「チックは悪化していないか」
「表情が沈んでいないか」

以上の項目は、割と注意深く見ているつもりです。そして、少しでも「アレ?」と思ったら、スキンシップや心からの愛情表現を増やすようにしています。

しかしこれがもし娘だったら話は別だったでしょう。

私は自己評価が低く、自分を憎んでいます。5針、10針縫うような激しい自傷も珍しくはありません。

私は、自傷 (自分を攻撃) はしますが、
他害 (他人を攻撃) はしません。

しかし、「幼い娘」は、そのまま「幼い私」に置き換えられた可能性があります。そして、私の歪んだ愛とともに、私が自分の親に対して無意識に持っている怒り、憎しみの雨を浴びたかもしれません。

私が2人目を産まない理由は
「次のお産で死ぬかもしれない」
ということと共に、
「女の子だったら、自分がどうなるかわからない、責任がとれない」
からです。



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女が家でする仕事といえば、
掃除、洗濯、料理、皿洗いではないでしょうか。

結婚当初は割と頑張っていたと思います。
毎朝、焼き魚定食を作っていましたし、
赤子がハイハイをする時期などは、家中ピカピカでした。
洗濯と皿洗いは機械に任せていましたが、お布団は毎日全員分を裏表 干して、さらに掃除機もかけ、必要ならば布団乾燥機も使い、フカフカにしていました。

それが、今は。
なんにもしていません。
家はカオスです。フローリングの隅には埃と髪の毛が渦を巻いています。
さすがに生ゴミは捨てているので虫などはおらず、不衛生ではないのですが、散らかり方が尋常ではないです。

ゴミ出し、洗濯は夫がします。
料理は、あんなに好きだったのに、最近は拒食気味で、そのせいか食事自体に嫌悪感があり、困難です。
具合のいい時は頑張って作りますが、私が食事を受け付けない時期などは、夫が麺類を茹でて子供と二人で食べています。外食も多いです。
食事の後片付けは夫の役割です。
もとから私には潔癖気味なところがあり、汚れたお皿に触れないのです。

一度、週一で来てくれるヘルパーさんを雇ったことがあるのですが、
「家に他人が入ってくること」が大きなストレスになる私には、向いていませんでした。

妻としてほとんど役に立っていない不良物件の私ですが、何故か夫は私のことを「運命共同体」と言ってくれます。

世界七不思議です。






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結論から書くと、精神障害者や精神病患者との結婚は、結婚生活というより介護生活に近いものになると思います。

私も、最初のうちは普通に家事をし、育児をし、仕事をし... と、ほぼ健常者に近い生活をしていたのですが、1度症状が重症化してしまった後は、頑張って養生して元のレベルにちかいところまで戻れたとしても、すぐまた壊れてしまうようになりました。

もう、回復したとしても組織の中で働くことは諦めています。
また、今現在は、記憶や行動の混乱が激しいのため、家で絵を描いているか、寝ている...という生活パターンになっています。

夫の役割は、毎日の洗濯、夕食の買い出しと、私の管理 (食事や入浴の介助、病気のケアなど)。
稼がないと生活できないので当然仕事もしなくてはならないのですが、彼曰く、首を吊ったり、遁走(行方不明になること)したり、寝たきりだったりする妻を置いて会社勤めするのは無理だそうです。
ですから (うちの夫はかなり特殊な例だとは思いますが) 主に自宅で原稿を書いています。ときどき、昼間に短時間の取材に行って、急いで帰ってきます。夜の取材は、やはり私が心配、ということで、避けるようになりました。

私が錯乱したら押さえ込み、
自傷すれば医者に連れて行き、
無理な人格交代を起こしそうになって苦しんでいるときには、そばにずっと座って呼びかけ、私の正気を保たせる。

それでも、夜中にふいに現れた
「怒りの人格」
に、言葉を尽くして罵られる。

でも、翌朝目覚めた私は別人格だし、何もおぼえていないので、文句を言うわけにもいかない。

正直、私は時々、夫が壊れてしまうのではないかと心配になることがあります。

だからというわけではないですが、
私が主人格 (=1番正気) でいられる時には、精一杯の労りと愛を伝えたいと思っています。

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主治医曰く、
「これ以上睡眠薬増やすと、保険がきかなくなるのよ」
(自分としては、そんなにたくさん飲んでいる自覚がなかったので驚きました。)

また、先日
「法律が変わって、"出せる薬の種類の数" が制限されたのよ。私が研修を受けたら、今まで通りの種類を処方できるんだけど、ちょっと忙しすぎて...」

ということで、
睡眠を維持させるための薬「ドラール」がカットされました。

先生いわく
「メジャーで補ってね☆」

まあ仕方ないんですが
ドラールないと、まじで睡眠がミザリー

一時間おきに目が覚める。
今までは、4:30pm に一度だけ目が覚めていたので、デパスを2錠 飲み足して、もう一度寝ていたのですが...
一時間おきに目覚めるとなると、その度に薬を入れるわけにもいきません。

また私は、体の痛みを薬で誤魔化して寝ているので、夜中に目覚める→体の痛みで延々苦しむ→疲れ果てた頃にまた寝る、という感じになっており、体力精神力ともに削られつつあります。

地に平和を
私にドラールを



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